「総合的な学習の時間」のねらいは何ですか。
「総合的な学習の時間」というのは、自由裁量の時間でも、体験学習の時間でもありません。あくまで学習指導要領で規定されている時間ですから、その主旨を理解して、カリキュラムを組み立てることが大切です。新しい学習指導要領の総則には、つぎのような形で「総合的な学習の時間」のねらいが述べられています。
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総合的な学習の時間においては、次のようなねらいをもって指導を行うものとする。
(1) 自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。
(2) 学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること。
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つまり、児童生徒に主体的な課題意識や自己学習力を身につけさせるよう、教師が「指導を行う」時間であると言えます。
「総合的な学習の時間」では、何をすればいいのですか。
新しい学習指導要領の総則には、つぎのような形で「総合的な学習の時間」の学習活動が述べられています。
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各学校においては、2に示すねらいを踏まえ、例えば国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童(中学校では生徒)の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。
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このことからわかるように、「総合的な学習の時間」の学習活動は、基本的には学校の実態に応じて、学校が決定していくことになります。ただし、「総合的な学習の時間」のねらいをきちんと踏まえることは忘れてはいけないことがわかります。また、わざわざ「国際理解・外国語、情報、環境、福祉・健康など」と例示されていることの意味にも気を配る必要があるでしょう。
グローバルな視点と異文化への理解、外国語によるコミュニケーション能力、情報活用能力、自然や環境への配慮、社会への積極的な参加など、21世紀を生き抜く問題解決の総合的な実践力を、小中高を通 じて育成しようとしているわけです。
「総合的な学習の時間」は、かつての「総合学習」とはどうちがうのですか。
「総合学習」と「総合的な学習の時間」とでは、その呼称が似ているために、よく「総合的な学習の時間」のことを「総合学習」と呼ぶ人がいますが、これは歴史的にも制度的にも異なります。 「総合学習」というのは、ずいぶん前からいくつかの先進校で研究が進められてきた学習です。しかし、その学校によって独自に定義をしているので、どのようなものが「総合学習」なのかについては微妙な食い違いがあります。 もちろん「総合学習」の先進校の取り組みからは、大いに学ぶべき点があります。ただし、新しい学習指導要領で規定された「総合的な学習の時間」で求められているねらい学習活動から見たときには、ふさわしくない事例もあることに注意しましょう。 「総合的な学習の時間」は、
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(1) 自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること (2) 学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること
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がねらいになっており、あくまでも、生きる力を総合的に育成するための時間枠です。その中の一部で、上記のような総合学習が行われることもありますが、国際理解や環境などの教科を超えた新しい学習内容を理解させるだけでなく、情報活用の実践力、外国語やコミュニケーション能力の育成もあわせて求められていることに注意する必要があります。
「総合的な学習の時間」というのは、「体験学習」の時間と聞きましたが…。
体験学習は、今日の子どもたちにとってふさわしい活動ですが、体験が目標になってしまうことは、「総合的な学習の時間」のねらいから見てずれてしまいます。「総合的な学習の時間」においては、結果 的に自己学習力や情報活用の実践力が身につくことが重要であり、そのような能力が身につかない体験活動だけでは、不十分であるということになります。
新しい学習指導要領では、総授業時間数が減り、教科の学習時間も軒並み減っています。その中において、わざわざ「総合的な学習の時間」を新設し、100時間を超える時間を割り振った理由を考えることが大切です。そのようにして捻出した時間が、単なる体験だけで終わってしまうことのないよう、教師や学校は、新しい基礎学力をしっかり把握して、カリキュラムを責任持って編成しなければなりません。
コンピュータを使って授業をすれば、「情報教育」の授業になりますか。

「情報教育」=「コンピュータを使う」「コンピュータの使い方を学ぶ」と考えてしまうことがありますが、それは違います。
「情報教育」の目標は、自らの問題解決のために情報を活用することと、そのために情報手段を適切に活用できる力を育成することです。したがって、コンピュータを使っていても、そのような能力が身につかなければ、「情報教育」にはなっていないのです。 逆に、コンピュータを活用する場面で、どのように情報を編集すれば相手に伝わりやすいか、どんな方法で調べればうまくいくかなどの学習課題を児童生徒に意識させることができれば、それは「情報教育」であると言えます。

「コンピュータを使う」ことはあくまでも手段です。手段が、そのまま目標であるというのは、大きな誤解です。
特に学年の低い段階では、コンピュータを使うことより、情報を手作業で収集したり、まとめたり、表現したりといった活動の経験が必要になります。そのような経験を十分しているからこそ、コンピュータの便利さや弱点にも気づき、まさに情報や情報手段を活用できる能力が身につくようになります。子ども達に早くからコンピュータに触れさせると思いのほか簡単に操作できるようになるでしょう。しかし、情報教育のねらいにとって障害になる場合もあります。しかし、だからといって、いつまでも「コンピュータを使う必要がない」といっているのではありません。教育である限り、適切な段階で計画的な出会いが必要なのです。 情報化社会において、問題解決を行うときに、コンピュータやインターネットの活用は不可欠です。どの段階で道具としてのコンピュータを利用させるか、情報手段の利便さを際立たせるような学習活動を教師が仕組むことが大切です。

子どもたちにコンピュータを使わせるのは、できるだけ早いほうがいいのですか。
コンピュータを与えれば、例え幼稚園の子どもでも、絵をかいたりゲームをしたりできるでしょう。だから、コンピュータは、幼稚園からでも使わせればいい、という人もいます。しかし、これは、情報教育のねらいには含まれていません。
情報教育としてコンピュータを本格的に活用するのは、コンピュータの中で起こっていることと実際の世の中で起こっていることが、区別 できるようになってからの方がよいのではないでしょうか。もちろん、コンピュータを触ったことがない段階では、その違いはわかり得ないのですから、小学校低学年の段階では、学校のいろいろなところにコンピュータがあって、先生が使って見せたり、慣れ親しめ状態にしておくことも大切です。しかし、鉛筆や定規をコンピュータに置き換えてみればわかるように、コンピュータを道具として使おうとしている以上は、どこかの学年で、コンピュータの基本的な使い方を覚える機会を持たせることも必要でしょう。
このような時間は、「総合的な学習の時間」で確保しやすいこともあり、小学校3年生ぐらいからはじめるのが適切かと思われます。これらのために、子どもが興味をもって練習していけるような簡単な入門テキストを用意していく必要がありそうです。
「情報教育」や「総合的な学習の時間」での評価はどのようにすればよいのですか。
新しい学習指導要領の編成の指針となった教育課程審議会の答申には、「総合的な学習の時間の評価」に関して次のような記述があります。
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この時間の趣旨、ねらい等の特質
がいかされるよう、教科のように試験の成績によって数値的に評価することはせず、活動や学習の過程、報告書や作品、発表や討論などに見られる学習の状況や成果 などについて、児童生徒のよい点、学習に対する意欲や態度、進歩の状況などを踏まえて適切に評価すること。
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「総合的な学習の時間」における評価は、テストの成績によって数値的に評価することは適切ではありません。むしろ、ワークシート、ノート、作文、絵、レポートなどの製作物、発表や話し合いの様子などから評価したり、児童の自己評価や相互評価を活用したり、活動の状況を教師が観察して評価したりするなどして、その児童生徒なりのよい点、学習に対する意欲や態度、進歩の状況などを適切かつ総合的に評価することが大切です。
ここでの評価の目的は、長期的なねらいに対して、個々の子ども達が今どの状況にあるのかを、本人や保護者に示すことです。したがって、数値や54321ではなく、チェックリストに対して、それぞれがどの程度満足しているかを示すような工夫が必要です。
情報教育については、そのねらいを具体的な学習目標のレベルにして、評価の観点をインターネットで提供する研究開発も進められています。
「情報教育」は、学校のどの教科でやったらいいのですか。
情報教育の目標のうち「情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と、情報を適切に扱ったり、自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解」や「社会生活の中で情報や情報技術が果 たしている役割や及ぼしている影響の理解」は、主として知識・理解を中心とする内容ですので、中学や高校の専門科目の内容になるでしょう。しかし、「必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し、受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力(情報活用の実践力)」や「情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え、望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度」は、小学校の段階から育成していかなければなりません。特に、いわゆる情報モラルに相当する基本的な考え方は、9歳までに身につくというデータもあり、小学校レベルでの良い実践がもとめられます。
具体的な実践では、理科や社会科における「調べ学習」のように、情報を収集・整理・表現・発表したりする学習活動のそれぞれの場面 で、学習課題を設定することによって、情報教育のねらいを達成させることもできます。しかし、教科の中での展開は、どうしても学習内容の理解の徹底に多くの時間が割かれて、情報教育の展開が十分果 たせないという予想もあります。そこで、平成14年からの学習指導要領では、教科の枠を超えた新しい枠組みの「総合的な学習の時間」が設定されたわけです。この時間は、単なる新しい教科ではなく、画期的な考え方が折り込まれています。「総合的な学習の時間」の設置のねらいは、『各学校の創意工夫を生かした横断的・総合的な学習や児童生徒の興味・関心等に基づく学習などを通 じて、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること』や『情報の集め方、調べ方、まとめ方、報告や発表・討論の仕方などの学び方やものの考え方を身につけること、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育成すること、自己の生き方についての自覚を深めること』と記述されており、情報教育のねらいを具体的に反映している時間枠であることがわかるでしょう。
「総合的な学習の時間」は、小学校3・4年で年間105時間、5・6年で110時間設定され、情報教育の枠組みを軸としてカリキュラムを構成することが期待されているのです。また、中学校・高等学校においても年間70時間程度が確保されています。「総合的な学習の時間」は、『問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育成する』時間であり、まさに情報活用の実践力やネットワークの活用能力を身につけることを求めている時間といえます。
本校ではまだネットワークの整備が行き届いていません。いつ頃から「情報教育」を始めることができそうですか。
新しい教育課程では、小学校段階では、「総合的な学習の時間」や各教科でコンピュータ、インターネット等を活用し、中学校では更にこれに加えて技術・家庭科の領域に「情報とコンピュータ」を必修とするということとなりました。高等学校では、普通 科に教科「情報」を新設し、そのほかにも「総合的な学習の時間」や各教科等でコンピュータ、インターネット等を活用するとされています。このように今回の教育課程の改訂では、インターネットは、学習内容としても必修の内容になってきているので、これまでのように、予算の余裕のあるところだけというわけにはいきません。
文部科学省では2001年までに全学校にインターネットを接続しようとしているだけでなく、2005年までには、全教室に2台づつ、インターネットに接続されたコンピュータを導入しようとしています。これは具体的な政策として予算化されつつあります。ネットワークの接続費用や回線スピードも、2005年ごろには、驚くほどの状況になっているでしょうし、無線LANやノートパソコンの普及も著しいでしょう。このように、インフラ整備は学校だけの問題ではなく、国や地方行政のレベルで考えられているのです。
インフラはすぐに整ってきます。しかし、最新のインフラをまたなくても、情報教育のねらいの実践力・知識・態度の育成は、さまざまなほうほうではじめることができます。「〇〇がないから、情報教育ができない」といわず、ねらいの本質をとらえて、やれそうなところから、はじめるように努力してください。